茶の間でおしゃべり

日々あれこれ思うことを書いています。気ままなおしゃべりを聞いてください。体調不良のときもあるけれど、それなりに自分のペースで生活したいと思っています。

新年度になったのね

 

ton様のブログに触発されて、今日は、アイロンがばっちりかかったお気に入りのシャツを着ている。

最近、柔らか物ばかり着ていたので、なんだか、新鮮。

やはり、シャツは、いいねえ。

 

今日は、新年度始まりの日。

といっても、年金暮らしには、そんなの関係ないけど。

あ。3歳児たらちゃん(仮名)が、桃組さんになったのだった。

おめでとね。

 

朝から、新年号の話でワイドショーはお祭り騒ぎ。

何になるんでしょうねえ。

簡単な漢字がいいな。

 

今朝は、洗面所の、洗面台を磨いた。

クレンザーでごしごし。

水曜ごとにまじめに洗ってはいる。

水曜日が、水回りの日だから。

洗面台も鏡も棚の上もそこそこきれいにしている。

蛇口などの金属部分は、使うたびに乾いた布で拭いてるし。

洗面台も汚れてはいないんだけど、

でも、なんだか、ちょっとくすんだ感じになるの、なぜかなあ。

今日は、シャツ効果で、朝歯磨きのときに、

「よし、洗面台を磨いて、すっきりしよう」、とふと思ってしまって。

きれいになった、白く光る洗面台。

 

こんな、とってもささやかなところがより美しくなっただけでも、気分を上げることができるんだなあ。

 

朝から、よい気分。

 

さて、今日の予定は、午後自由~~~~~~。

 

昨日、机周りの家庭事務がいっぱいできたから、机の上もきれいだしなあ。

 

ああ、こういうのも、先日の、お花見効果かなあ。

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お花見効果に、アイロン効果。

ささやかなささやかな、日常の落ち着きをもたらせてくれる効果。

 

きっと、こういうのの積み重ねで、幸せ気分になっていくんだね。


追記

令和、だそうで。

令の3画目は、横線なのか点なのか。5画目は、縦線なのか点なのか。

書くたびに、迷いそうです。

ヤダなぁ~。


 

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桜と友人に感謝

私の住んでいるところは、春になった。

桜が八分咲き。

 

桜が大好きな私を、今年も友人たちが桜散歩に連れて行ってくれた。

 

実は、前回のブログに書いたことが、まだ、ずっと心の中にとどまっていて。

同い年の友人が、徐々に弱って亡くなるのを間近に見て何もできなくて。

彼女の期待に応えられたかわからないし、もっと、別の会話ができたかもしれないし。

うじうじとしている。

喪失感もじわじわっと重く広がってきて。

私は弱っちいので、ずううっと、思い心を持ち続けて、胃薬にお世話になりっぱなしで。

 

そんなふうに、心を重くして、家にとじこもっている私に、3つの花見のお誘いがあった。

 

行って、重い気分を伝染させちゃいかん、とも思ったが、

気持ちを立て直すにはよいのでは、と思って、3つのお花見のお誘いを全部受けた。

 

体力が心配だったけど、行くことにした。

花見の夜は、近所のマッサージ店を予約したりして。

 

水曜日、地元の桜の下見。マイペースだから、疲れ知らず。一人なので写真も思う存分撮れたし。おいしいお蕎麦屋さんにも運良く入れたし。

 

木曜日、高校のときからの友人3人で噂の新宿御苑へ。

あちこち出かけて東京の地理に詳しい友人が連れて行ってくれた。

入り口で、ずらりと並んだ列を見て、びっくり。手荷物検査まであった。

いろいろな桜が咲いていて、見ごたえあり。

 

金曜日、2時間かけて私の地元に来てくれた大学時代の友人をご案内。

水曜の下見が役に立った。たった二日で開花がすすんでいたのも、びっくり。

友人も案内に満足してくれたようで、地元の歴史講座を受けたかいがあったというもの。

 

土曜日。

職場で知り合って、ずっと仲良くしている友人たちと、友人の地元の桜散歩。 

初めての散歩道。自然食のランチもおいしかった。

 

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亡くなった友人の話をしたわけでもなく、

私の今の気持ちを話したわけでもなく、

それぞれみんな、

自分が抱えている介護中の親のこととか、

かわいい孫のこととか、

趣味のこととか。

たわいもない話や、ちょっと深刻な話とか。

そんな話を聞いたり、話したり。

 

そういう、3日間のおかげで、本日は、ちょっと、「らく」。

 

友人とのおしゃべりが、こういうふうに、心に効くんだなあ、って改めて思った3日間だった。

 

今日は、朝から、ちょっとやる気が出たので、早起きして、家事を終えて、

コーヒーを淹れて、毎週楽しみにしている番組を聴くために、ラジオの前に座った。

 

10時。

ああ、楽しみにしていた、私の好きな番組が、通販番組に化けている。

いらんわ、そんなの。ほしくなっちゃうでしょ。

母に、「12時まで、ラジオタイムだから、昼食は12時過ぎてから作るからね~~」と宣言して、座ったのにね。

いつもの声が聴けない。軽妙なおしゃべりが聴けない。

またもや、落胆………。

 

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何ができたのだろう、私に

 

学生時代の友人が亡くなりました。

 

再発して、入院して、1か月半で逝ってしまいました。

 

 

大学卒業後、会ったのは、卒業直後に数回。

卒業後に会ったのは、全部で10回にも満たないけれど、

ずうっとずうっと、年賀状や暑中見舞いだけのお付き合いだったけれど、

私の退職後、時間が作れたこともあって、

20代から60代にワープして、

30年以上会っていないなんて嘘みたいね、って言いながら、

ここ3年で、5回かな、会っておしゃべりしたのは。

 

入院して、心細かったのだろう、彼女は、

彼女にとっていちばん親しい友人ではない私に、

入院したから会いに来てって、メールをしてくれた。

弱音を吐きたいって、メールをしてきてくれた。

 

彼女には、もっと親しくしている友人(A)さんがいるのだけれど、

卒業後も、ずっと途切れることなく電話や手紙、

互いの住む町でのランチをしたりしていたそうで、

入院したとの連絡も(A)さんにはあったそうだけど、

どうしたわけか、彼女が入院後に、会いに来てと連絡をしたのは、私だった。

 

だから、正直、

なぜ私?

私でいいの?

(A)さんじゃなくて?

私に何ができるの?

そんな気持ちもあった。

 

(A)さんには、お見舞いを控えてほしいと連絡が行ったとその人から知らされた。

だから、一人で、お見舞いに行った。

 

来てほしいって、言ってくれるので、

毎週、電車を乗り継いで、お見舞いに行った。

気が動転して、電車に乗り間違えたりもして。

 

学生時代の話や、

ここ3年で行った数回の大人の遠足の話をして。

車いすで、近場に出たりもした。

 

こんな話をしに行くのでいいのかな。

励ましになってるのかな。

何を求められているのだろう。

 

そんな気持ちで、お見舞いに行った。

 

ただ、思い出話をしただけ。

 

 

私は、それ以外、なにもできなかった。

 

ただ、弱っていく彼女と、昔話をしただけだった。

 

私のお見舞いで、ほんとに励ましになってるのか、疑問だった。

そうか、この状態では(A)さんに会うのは、お互いに重いのかも、とも思ったけれど、

でも、彼女は、私には「(A)さんにも会いたいよ~~」とも言うし。

それなのに(A)さんに、「今は来ないで」ともメールしてるし。

もう、わけがわからなかった。

 

 

お医者さんから聞いたと彼女が言っていたより、

数倍、体調が悪くなっていくのが早かった。

回復するはずだったのに。

多分彼女の心づもりでは、元気になったら(A)さんに来てもらうはずだったのに。

 

「また来るからね」って帰ってきたその晩、彼女は逝ってしまった。

あまりかんばしくない状況だったので、その日の夜、

「会いたいんでしょ、会いたいなら、行けばいいじゃん、一緒に行くよ。

 話せるうちに会いたいんでしょ。

 わたしは病室に入らないよ、連日行ったら気を回すでしょ。

 二人で心おきなく話せばいいんじゃないの」

と(A)さんに電話して、次の日、一緒に病院に行ったけど、もう病室にはいなかった。

 

 

 

毎週、会うたびに、弱っていく様子を見るのがつらかった。

 

そして、今も、つらい。

 

胃の中に、大きな重いものが入っているよう。

シャンプーしてトリートメントをし忘れたり、

コーヒーをあたためたまま、レンジの中に一日忘れていたり、

母の病院の時間を間違えたり。

落ち着こうと始めた編み物は、目を落とし放題。

私も今、壊れている。

 

(A)さんと、お通夜の後に話した。

 

きっとなんとなく最期ってわかっていて、

楽しい思い出だけを共有しているくれよんに会いたかったんだよ。

楽しい思い出だけ、持って行きたかったんだよ。

だから、たくさんの苦労を知っている私には、来ないでって、言ったんだと思う。

だから、ただ楽しい思い出話をしたくれよんでよかったんだよ、役目は果たしたよ。

 

そう言ってもらえたけれど。

 

そうなのかな。

人生の最後に会う友人が、私なんかで、よかったの?

 

まだ、私の心は、ぐしゃぐしゃだ。

 

会うのを断られたと電話の向こうで泣いていた、(A)さんも、きっとまだ心がぐしゃぐしゃだ。

 

逝ってしまった友人。

 

もう、会えないんだ。

いっしょに花見、できないんだ。

あの、甘えた話し方、もう、聴けないんだ。

ちょこちょこ歩く姿、もう見られないんだ。

 

 

もっと、会える時に、元気なときに、時間を作って、いっぱい会えばよかった。

そうしたら、もっと、彼女を理解できただろうに。

ちゃんとした、友人に、なれたろうに。

 

(いつも以上にまとまらない文章です。加筆訂正もしました)