茶の間でおしゃべり

日々あれこれ思うことを書いています。気ままなおしゃべりを聞いてください。体調不良のときもあるけれど、それなりに自分のペースで生活したいと思っています。

さよなら、私の40代

姪っ子が遊びに来てくれた。お泊りで。

 

お盆にはフライングだけど、貴重な夏の休みに帰ってきてくれただけで、感謝。

彼女は、お正月には旦那と、お盆には一人で実家(うちの2階)に帰ってくるのです。

 

年に2回しか会えないんだけど、私ととても性格が似ていて(と家族は言うのです)シャイなので、たいした会話もなく・・・。

それでも、2階に行かず下で私の相手をずいぶんしてくれているので、偉いかも。

彼女が小学生のころから2世帯同居していたので、昔お世話したから、その分返してくれているのかも。

 

そんな姪っ子は、最近、イヤリングをするようになったというので、これはチャンスと思ったのでした。

 

私の部屋の引き出しにいっぱい、イヤリングがある。

小さな仕切りの箱の中に整然と並んでいる。

並んでいるだけで、まったく出番のないイヤリング。

処分する気になれず、ずっと気になっていたイヤリング。

働いていた30代、40代のころに買い集めたイヤリング。

あの頃は、デパートの入り口近くのイヤリングがたくさんあるお店の前を素通りできなかったっけなあ。

当時は、今なら「ブラック」な仕事場だったけど、男性と同じお給料だったから、独身である私は、服やバッグやイヤリングなど、欲しいものを買っていたので、イヤリングもたまってしまったのでした。

負けずぎらいなので、男性にも負けない仕事をしていたと思うし、でも疲れて疲れて睡眠不足で。たいへんな40代でしたね、責任も重かったし。(50代は、忙しさは変わらなかったけど、気持ちは楽になりましたね。)

そんな仕事人間の自分を励ますためのイヤリングだったのかもしれないなあ、今思えば。

箱に並んだイヤリングは、どれもきれいです。頑張ったのを見てくれていたんだね。

当時は、スーツやワンピースで通勤していたので、眺めてみるとかっちり系が多いかも。

 

でも、私も、来年は「華の70歳」。現在、予約がなかなかとれなくて美容院に行けてなくて、山姥だし。

若いころのイヤリングは、これからも出番はないに違いない。

今までも使わなかったんだもの。

たまに、暗い色のコートの襟もとに、ピンブローチ代わりに気に入った明るい色のイヤリングを付けることはあるけど、それに使うものも限られているし。

 

「40代のころ買い集めたイヤリング、見る?使えそうならもらってくれるとありがたい」と言ってみたら、OKだった。

古いけど、きれい。新品だといっても通るものがほとんどです。

ちゃんとケースに入れてあったし、もともとチープなお品でもないし。

ああ、散財したんだなあ、若いころ・・・なんて思いながら、品定めをしてもらった。

半分以上、つけたいといって引き取ってくれた。

ありがたいです。

選んでくれたものをケースに入れて、渡したのですが・・・・。

なんとまあ、そのとき、うっすら涙が出てきました。

もったいない、惜しい、ンじゃなくて、40代のころの自分を懐かしく思い出したからなんだと思います。

なぜか、センチメンタルになっちゃったね、私。

姪っ子は、さっき帰りました。

眼鏡忘れていったけど、どうするんでしょ・・・。

しっかりしてそうで抜けてるとこも、私とうり二つだそうです。

 

そして、これを書いている今、また涙ぐんでます。

原因は、浜田省吾の歌だなこれは・・・・・・・。

掛けなきゃよかった、浜田省吾のCD・・・・。

 

姪っ子が言いました。

「いくつになっても、その雰囲気に合うイヤリングすればいいのに。

これなんか、今似合うと思うよう。

おかしくないよ、70になってイヤリングしても」

 

なんてありがたいうれしい言葉。

 

今の姪っ子の好みに合わなかったイヤリング、つまり、若めのもの以外がまだ残っているので、

美容院に行けたら、街へお買い物に行くときに、イヤリングをひさしぶりにつけてみようっと。

 

 

なんだか、今日のブログ、いつも以上にへんちくりんな文章ですね。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

 

うちの方は、明日が迎え火です。

 

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